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東京地方裁判所 昭和33年(ヨ)4074号 判決

申請人 大島俊夫

被申請人 財団法人 電気通信共済会

主文

申請人が被申請人に対しその準職員としての雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者双方の求める裁判

申請人訴訟代理人は「申請人が被申請人に対しその職員としての、仮にそうでないとしてもその準職員としての雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。訴訟費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求め、被申請人訴訟代理人は「申請人の申請はこれを却下する。」との裁判を求めた。

第二、申請の理由

一、申請人は昭和三三年二月二七日期間の定なく被申請人に清掃作業員として雇傭されたものである。

二、被申請人の雇傭する従業員には、「財団法人電気通信共済会職員就業規則」(以下「職員規則」と略称する。)の適用を受ける職員と「財団法人電気通信共済会準職員就業規則」(以下「準職員規則」と略称する。)の適用をうける準職員とがあるが、申請人は、二ケ月後には主任にするとの約束で当初から職員として採用され、その故にこそ被申請人から準職員には交付されない職員身分証明書及びバツジを交付され、給与から健康保険及び厚生年金保険の各掛金を控除される等職員としての取扱をうけて来たのである。

三、申請人は昭和三三年七月二一日付を以て被申請人から解雇の意思表示をうけた。

(一)  しかし、申請人には職員規則第二九条第一項第一号乃至第七号に掲げる懲戒以外の免職事由にも、同規則第三四条第一号乃至第九号に掲げる懲戒免職事由にも該当する事実は全く存在しないのである。

(二)  本件解雇の真の理由は次のとおりである。

申請人は、被申請人の準職員については職員と異なり、停年退職の場合における退職金の保障がなく、且つ準職員に属する清掃作業員の労働条件が被申請人の従業員中で最も劣悪なまま放置されていることを知つて、昭和三三年五月頃からこれが改善策を講ぜしめるため奔走し、その結果全国電気通信労働組合(以下「全電通」と称する。)本社支部と全国電気通信共済労働組合(以下「共済労組」と略称する。)中央支部との幹部及び清掃作業員の三者間の懇談会が開催された際に、清掃作業員の待遇改善につき提案をしてこれを全電通の厚生委員会において討議させることに成功した。

数日後申請人は国民タイムズ新聞の記者の来訪をうけて被申請人の経営内容や清掃作業員の停年制問題につき質問されたのに対して、石塚副主任とともに一応の応待はしたけれども詳細は被申請人の理事長と共済労組の委員長から聴取するよう教示した。ところが翌日の右新聞紙上に「電通版楢山節考」という記事が大々的に掲載された。この記事は申請人の同紙記者に対する説明を素材としたものでもなく、もとよりかかる記事の掲載を申請人において要請したものでもなかつたのに、被申請人の理事達は申請人が右記事を書かせるように計画したのではないかとの疑を抱くに至つた。

このような折柄申請人は同年六月下旬頃二回に亘り被申請人の当時の理事赤羽幸作から自発的に辞表を出すよう勧告されたけれどもこれを拒否したところ、同月末頃清掃主任久保田茂を通じて被申請人において申請人に対する処置を決するまで休んでいるようにと申渡されたので、これに従つていた。その間もと共済労組の中央執行委員であつた山口某(五反田逓信病院の清掃主任)が仲裁に入りたいと申出て来たが、申請人は飽くまで被申請人の不合理な労務政策に対して闘う旨回答して任意に退職する意思のないことを明らかにしたところ、前述のとおり被申請人から解雇の通告をうけるに至つたのである。

(三)  このように申請人に対する解雇は、申請人に何らその理由も存在しないにかかわらず、準職員殊に清掃作業員の劣悪な労働条件を改善しようとする申請人の活動を封殺する目的でなされたものであるから、解雇権の濫用として無効である。

四、したがつて申請人は依然として被申請人に対しその職員としての雇傭契約上の権利を有する地位にあるところ、被申請人においてこれを争うので、被申請人に対して本案訴訟を提起すべく準備中であるが、その勝訴判決確定に至るまでの間被申請人から解雇者として取扱われることは賃金を唯一の収入とする労働者である申請人にとり著しい損害であるから、前述のような申請人の地位を仮に定める旨の裁判を求める次第である。

第三、申請の理由に対する答弁

一、申請の理由第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実のうち、申請人が被申請人の職員として雇傭されたことは否認する。申請人は準職員すなわち準職員規則第二条に定める臨時作業員として雇傭されたのである。

被申請人の雇傭する臨時作業員には雇傭期間の定のある者とそうでない者とがあり、申請人は後者に属する。雇傭期間の定のない臨時作業員は、右規則第二条所定の請負作業員すなわち被申請人が日本電信電話公社から請負つた事業に従事させるため雇傭期間を一年と定め、必要に応じて一年ごとにこれを更新する約定で雇傭する準職員に採用する予定の下に雇傭するものである関係上その雇傭期間は極く短期間とする慣行になつており、雇傭後の身元調査によつて採用条件を具備するものと認めれば直ちに請負作業員に任用し、そうでない場合にはその雇傭契約を解除する例となつているのである。

三、申請の理由第三項のうち、被申請人が昭和三三年七月二一日付を以て申請人を解雇したことは認める。被申請人は申請人に準職員規則第九条所定の免職事由のうち、「職務に必要な適格性を欠くとき」に該当する後掲(一)及び(二)のような事実があつたから申請人を解雇したのであつて、申請人の主張するごとき解雇理由は事実無根である。

(一)  履歴書の不実記載

被申請人が申請人を雇傭した後その身元調査をしたところ、申請人が昭和三三年一二月付で作成提出した履歴書に不実記載のあることが判明した。すなわち、右履歴書には、申請人が昭和二〇年五月終戦のため海外から引揚げ、郷里である栃木県塩谷郡藤原町大字大原において農業に従事していた旨の記載があるが、被申請人の調査したところによると、申請人は、(イ)引揚後極めて短期間しか農業に従事しておらず、(ロ)昭和二三年頃大原窯業株式会社を設立してその代表取締役となつたが、約一年で右会社を解散し、(ハ)同二四年頃からは郷里を離れ、東京、大阪方面において出版関係の仕事を手伝つていた模様であるが、その間の消息は判然とせず、且つ又申請人の郷里における評判は極めて悪い等の事実が明らかとなつたのである。

(二)  身元保証人の欠如

被申請人は、申請人の妻が被申請人の経営にかかる関東逓信病院に清掃要員として、申請人の次男が被申請人の第三営業部に所属する本社食堂にコツク見習として勤務している事情並びに申請人の学歴及び経歴等に鑑み、申請人を清掃作業というような単純な仕事に従事させるよりもむしろその能力に応じた他の職業に就かせる方が本人のためでもあると判断したので、申請人の身元保証人である今井四方吉(被申請人の第三営業部の課長で申請人と親戚関係にある。)をして、被申請人の外郭団体であり電柱広告業を営む会社の従業員に転出するよう申請人に勤誘させたけれども、申請人がこれに応じなかつたため、今井四方吉及び申請人のもう一人の身元保証人である鈴木源次(電気通信研究所事務部厚生係長)は連名で、昭和三三年七月四日付を以て被申請人に対し申請人の身元保証人を辞退する旨の届を提出するに至つた。

そこで被申請人は準職員規則の前記規定に照らして申請人を解雇したのである。

したがつて申請人と被申請人との間には昭和三三年七月二一日以降雇傭関係が存在しないのであるから、本件仮処分申請は本案の被保全権利を欠くものとして却下を免れない。

四、本案については被保全権利の存在しない以上、仮処分の必要性の存否を論議する余地はない。

第四、被申請人の主張する解雇理由に対する反駁

一、申請の理由として前述したように申請人は被申請人の職員として雇傭されたのであるから、準職員規則の適用をうけるいわれはないが、仮にその適用をうけるものとしても、申請人には被申請人の準職員についての懲戒以外の免職又は懲戒免職の事由について規定する準職員規則第九条第一号乃至第七号又は第一一条及び後者の準用する職員規則第三四条第一号乃至第九号に掲げるいずれの事由にも該当する事実は存在しないのであるから、申請人に対する解雇が権利濫用として無効であることに変りはない。

二、被申請人が申請人に対する解雇の理由の(一)として主張する事実のうち、申請人が昭和三三年一二月付で作成提出した履歴書に被申請人の主張するような経歴が記載されていること、申請人が昭和二三年頃から約一年間大原窯業株式会社の代表取締役をしていたことは認めるが、その余の事実は否認する。申請人は終戦により海外から引揚げて以来被申請人に雇傭されるに至るまでの間終始一貫して農業に従事していたのであつて、引揚者四〇世帯の生活を護るため大原窯業株式会社を設立した責任上その代表取締役に就任していた期間中においても、更に昭和二四年頃から文筆活動に従事するため郷里に定住しなくなつてからも、依然として農業経営には従事していたのである。

被申請人が申請人に対する解雇の理由の(二)として主張する事実のうち、申請人の妻及び次男の勤務関係が被申請人の主張するとおりであること、今井四方吉及び鈴木源次が申請人の身元保証人であつたこと、申請人が被申請人主張のように転出を勧められてこれを拒否したことは認めるが、右身元保証人両名が昭和三三年七月四日付で被申請人に対し身元保証人辞退届を提出したことは知らない。右辞退届提出の理由が被申請人の主張するようなものであることは否認する。

三、被申請人が申請人を解雇した理由として挙げている準職員規則第九条第五号にいわゆる「職務に必要な適格性を欠くとき」とは、被申請人に雇傭される準職員がその担当職務の遂行上必要とされる適格性を有しない場合を指称するものと解すべきである。これを清掃作業員として被申請人に雇傭されている申請人についていえば(もとより申請人が準職員の身分を有するものであることを仮定してのことであるが)、申請人に清掃作業という単純な肉体的労働に耐えうる体力がない場合にのみ、申請人はその職務に必要な適格性を有しないといえるのである。しかし申請人にはこのような事実はない。以下被申請人の主張する解雇理由に即しつつ、その点を明らかにすることにする。

(一)  履歴書の不実記載について

申請人は、前述の如く海外から引揚げた以後継続して郷里において農業に従事していたのであつて、この点に関し履歴書には何らの不実記載はなく、申請人が農業に従事する傍ら、上述のとおり大原窯業株式会社の代表取締役に就任したり、文筆活動に従事したりしていた事実についての記載が履歴書に脱落していたとしても、かようなことは、そもそも申請人の清掃作業員としての適格性の有無を論ずるに当つて全く問題とする余地のない事柄である。のみならず、申請人は被申請人に雇傭されるに際し、被申請人の福祉部の多保田福祉課長に対し口頭を以て経歴の一切を具申した上、「履歴書には極く簡単に記載したので必要とあれば全部詳細に書き加えますが。」と申出たところ、「職務が清掃という頭を使わない作業だからその必要はない。」といわれたため、そのまま履歴書を提出したのであつて故意に経歴の一部を秘匿した訳ではなく、被申請人においても右履歴書に記載洩れのあることを当初から知悉し、しかもそのようなことを重視していなかつたことが明白である。その上申請人は昭和三三年五月末頃今井四方吉を通じ被申請人より突然詳細な経歴を記載した履歴書を提出するように要求されたので改めて要求どおりの履歴書を提出したのである。その後申請人の履歴書に不実の記載があるというようなことは、本訴において被申請人からその主張がなされるに至るまで全然問題にされたことさえなかつたのである。

(二)  身元保証人の欠如について

身元保証契約は、被用者の行為によつて使用者のうけた損害につき身元保証人に賠償の責任を負わせることを目的とするものであつて、たとえ申請人の身元保証人が辞退したことがあつたとしても、申請人の清掃作業員としての適格性の有無には元来何の関係もないのである。のみならず被申請人が申請人に対して被申請人の外郭団体の会社へ転出するよう勧誘したこと自体合理的な根拠もなく、全く不可解であるばかりでなく、右会社に就職した場合申請人に対しては交通費一ケ月分金二〇〇〇円の外に固定給が支給されず、収入は専ら申請人の取る広告の注文量に応ずる歩合によるという悪条件であつたため、申請人において転出を断つたものであり、申請人に転出を勧告した身元保証人もやむを得ないこととしてこれを諒承したのである。ところが被申請人は申請人の身元保証人に身元保証人の辞退届の提出を強要していた模様である。申請人としてはその届出が提出されたかどうかは知らないのであるが、仮にそのような事実があつたとしても、当時申請人は被申請人の命により仕事を休んでいたのでこれを知り得べくもなく、したがつて身元保証人がなくなつたとすれば当然これを補充するはずであつたのにその機会を与えられることがなかつたのである。

このように、被申請人の主張する解雇理由に該当する事実がない点から考えても、被申請人はさきに述べたとおり不法不当な意図を実現するため解雇権を濫用して申請人を解雇したのである。

なお申請人が仮に被申請人にその準職員として雇傭されているとしても、上述のとおりその雇傭契約は終了していないのであるから、第二次的にこの契約に基く権利を被申請人に対して有する仮の地位を定める仮処分を求める。

第五、疏明関係〈省略〉

理由

第一、申請人と被申請人との間の雇傭契約及びその内容

申請人が昭和三三年二月二七日被申請人に期間の定なく清掃作業員として雇傭されたことについては、当事者間に争がない。

申請人は申請人が被申請人の職員規則の適用をうける職員として雇傭されたと主張するのに対して、被申請人は、申請人を被申請人の準職員規則の適用をうける準職員の一種である臨時作業員として雇傭したものであると反論するので、まずこの点について判断することとする。

成立に争のない乙第一号証によれば、被申請人の職員規則において、職員とは雇傭期間の定のあるものを除き、被申請人の定める手続を経て雇入れられ、常時被申請人の業務に従事する者で原則として試用員から選考により採用されるものと規定されている(第二条及び第二七条)ことが、成立に争のない乙第二号証によれば被申請人の準職員規則において、準職員とは常勤嘱託、試用員、期間を定めて雇傭する請負作業員及び臨時作業員で、その採用は受験成績又はその他の能力の実証に基いて行われるものと規定されている(第二条及び第八条)ことがそれぞれ認められる。

ところで、成立に争がなく、申請人本人の尋問の結果により申請人が被申請人に雇傭されてから被申請人より交付されたものであることが認められる甲第二号証(電気通信共済会職員証)には申請人が被申請人の「職員」であることを証明する旨の記載があり、又、成立に争のない甲第四号証の一、二及び甲第五号証の一、二、五、六によれば、被申請人が申請人に支給する給与の中から健康保険及び厚生年金保険の各掛金を控除していたことが認められるのであるが、仮に前掲甲第二号証に記載されている「職員」なる用語が被申請人の職員規則にいう職員を意味するものであるとしても、証人赤羽幸作の証言により被申請人が申請人を雇傭するについての決裁書であることが認められる乙第三号証に申請人を被申請人の「臨時作業員」に命ずる旨明記されていること及び右証人の証言と対比するときは、甲第二号証に右の記載がなされていることだけから申請人が被申請人に職員規則の適用をうける職員として雇傭されたものと速断することはできないし、又、健康保険法第一三条の二及び厚生年金保険法第一二条の各規定からみて、申請人が被申請人にいわゆる職員として雇傭されていない限りは、健康保険及び厚生年金保険の被保険者になり得ないものとは解せられないし、この点につき反対の解釈をとらなければならないような理由のあることを認めるに足りる疏明もない。更に、申請人本人の尋問の結果によれば申請人が被申請人からバツジの交付を受けていたことが認められるが、被申請人において職員規則の適用をうける職員にだけバツジの使用を許していたとの疏明はない。そうだとすれば叙上認定のような事実があることから直ちに申請人が被申請人の職員として雇傭されたものとは解しがたく、他にさように認めさせるに足りる疏明はない。却つて、前掲乙第三号証並びに証人赤羽幸作の証言及び申請人本人の尋問の結果によれば、(イ)申請人はその義弟で、被申請人の課長をしている今井四方吉の紹介により、被申請人の福祉課長多保田亮と同清掃主任久保田茂との面接を経て被申請人に雇傭されることになつたこと、(ロ)申請人を雇傭するについて、被申請人は申請人に臨時作業員を命じ、併せて福祉部勤務、本社詰を命ずることに被申請人の理事長による決裁手続がなされたことが認められ、右認定事実に、前述のとおり準職員規則において臨時作業員が準職員の中に含ましめられていることを合わせ考えるときは、申請人は被申請人は準職員として雇傭されたものと解するのが相当である。なお、その後申請人が職員規則にいう被申請人の職員としての身分を取得したことについても疏明はない。

第二、申請人に対する解雇及びその効力

一、被申請人が昭和三三年七月二一日付で申請人を解雇する旨の意思表示をしたことについては、当事者間に争がない。

二、申請人は右解雇の意思表示が解雇権を濫用するものであるとして無効であると主張するので、以下この点につき判断する。

さきに判示したとおり、申請人は準職員規則の適用をうける準職員として被申請人に雇傭されていたのであるから、申請人が被申請人の申請人に対する解雇の意思表示を解雇権の濫用に当るものであることを根拠づけるためにしている主張のうち、申請人に被申請人の職員規則又は準職員規則に定める懲戒以外の免職乃至は懲戒免職の事由が存在しないとしている点は、申請人に被申請人の主張するような準職員規則第九条第五号に掲げる免職事由に該当する事実がなかつたかどうかという部分に関してのみ問題とする余地があるので、まずこの点について検討する。

(一)  準職員規則第九条が被申請人の雇傭する準職員についての懲戒以外の免職の事由を規定したものであつて、その第五号に「職務に必要な適格性を欠くとき」との文言のあることについては当事者間に争がない。

申請人は、右にいう適格性とは、準職員がその担当する具体的な職務を遂行するのに必要とされる適格性を指すものであつて、これを申請人のような清掃作業に従事する者についていえば、単に清掃という肉体労働に耐え得る体力を有しさえすれば右にいう適格性があるといえるとの趣旨の主張をしている。

思うに、右にいわゆる「適格性」の有無を決するについて、申請人の主張するようなものの存否が基準の一つとなり得ることはもとより論のないところであるけれども、前掲乙第二号証によると、準職員規則第九条は、第一号乃至第四号として「勤務成績がよくないとき」、「心身の故障のため職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えないとき」、「禁治産者又は準禁治産者となつたとき」及び「禁錮以上の刑に処せられたとき」という事由を例示したのに続いて、第五号において「その他職務に必要な適格性を欠くとき」と規定していることに鑑みるときは、第五号の意味を申請人のいうように狭く解しなければならないものとは考えられないのみならず、申請人の解釈を支持するに足りるような事情についての疏明も見出されない。殊に第五号に関する申請人の解釈に従うとすると、同号は「心身の故障のため職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えないとき」との表現を用いる第二号と重複することにもなり兼ねないのである。したがつて申請人の前示解釈は到底採り得ないものである。

(二)  そこで申請人に被申請人の主張するような「職務に必要な適格性を欠く」という免職事由に値する事実があつたかどうかについて調べてみることにする。

(1) 履歴書の不実記載について、

申請人が被申請人に雇傭されるに当つて作成して被申請人に提出した履歴書中に、申請人は昭和二〇年五月終戦のため海外から引揚げ、郷里である栃木県塩谷郡藤原町大字大原において、被申請人に雇傭される頃まで農業に従事していた旨の記載がなされていたこと(昭和二〇年五月終戦のため引揚げたというのは、公知の事実に属する終戦の時期からみて変ではあるが、この点はしばらく論外とする。)、ところが申請人が右雇傭前昭和二三年頃より約一年間大原窯業株式会社の代表取締役の職にあつたことについては、当事者間に争がなく、更に申請人が昭和二四年頃から文筆活動に従事するため郷里に定住しなくなつたことは、申請人の自認するところである。

しかしながら、申請人本人の尋問の結果によれば、申請人は、海外から引揚後郷里において引き続きその所有農地を耕作して農業に従事していたのであり、前記のように大原窪業株式会社の代表取締役に就任したのは、郷里の藤原町の町長の要請に基いて、同町内に住む約四〇世帯の引揚家族の生計の手段として瓦の製造販売業を営むため設立した同会社が庶民金融公庫から融資をうけるについて申請人所有の不動産を担保に提供する関係上からであり、これに就任した後においても申請人は農業を廃したことはなかつたが、農業だけでは生活を維持することができなかつたし、かつて文筆活動に携つていたこともあつたところから、その方面の仕事に就くべく昭和二四年頃よりは必ずしも郷里に定住することはなかつたものの、人を使つて農業を営み、作付や収穫の時には帰省して自らも農作業に従事していたこと、さきにも判示したとおり申請人は被申請人の課長の地位にある義弟の今井四方吉の紹介によつて被申請人に雇傭されたのであるが、その前同人から、被申請人に提出する履歴書は簡単なものでよいといわれて作成提出したのが前示のような記載のある履歴書であつたところから、申請人は、多保田課長の面接をうけた際にその履歴書は極く概略を記載したもので、必要ならば更に詳しいものを提出する旨申出たが、同課長から、清掃作業員については経歴はあまり関係がなく、体力だけが重視されるのであるからその必要はないといわれたけれども、履歴書に記載しなかつた経歴の概略について口頭で同課長に説明したこと、申請人は、被申請人に雇傭された後昭和三三年五月頃になつて、被申請人から、雑誌の編集長をしていた当時の経歴及び出版事業に携つていた当時の経歴を追加する履歴書を提出したことが認められ、反対の疏明はない。

してみると申請人が被申請人に提出した履歴書においてことさらに不実の記載をしたり経歴の一部を秘匿したりしたものとは考えられない。したがつて、申請人が被申請人に提出した履歴書に不実の記載があつたことを以て準職員規則第九条第五号にいわゆる「職務に必要な適格性を欠く」という免職事由が申請人にあつたとする被申請人の主張は根拠のないものというべきである。

(2) 保証人の欠如について、

申請人が被申請人に雇傭されたについて今井四方吉及び鈴木源次が申請人の身元保証人になつたことは、当事者間に争がないところ、証人赤羽幸作の証言及び同証言の趣旨に照らして真正に成立したものと認められる乙第六号証によれば、昭和三三年七月四日付を以て今井四方吉及び鈴木源次が連名で被申請人に対し、申請人の身元保証人を辞退する旨の届書を提出したことが認められる。

ところで申請人の身元保証人が右のとおり辞退届を提出した理由について、申請人本人の尋問の結果中に、被申請人の当時の理事赤羽幸作の要求によるものである旨の供述があるが、その採否はここでしばらく措くとして、上掲乙第六号証には、申請人の性格等に鑑み身分上の保証をし兼ねる旨の記載が見られるとはいうものの、この記載を裏付けるに足りるような事実やその他申請人の身元保証人がなくなつたことが被申請人の準職員としての申請人の「職務に必要な適格性を欠く」ことを徴表するものであることを認め得る疏明はない。

以上のとおり、申請人に被申請人の主張するごとき準職員規則第九条第五号にいわゆる「職務に必要な適格性を欠く」ものと認められるような免職の事由が存在したことについてはその疏明がないことに帰し、むしろ逆に証人赤羽幸作及び久保茂の各証言によると、申請人には被申請人の準職員としてこれという作業上の失敗もなく、その仕事振りも十分であつたことが認められるのである。

(三)  証人久保田茂の証言及び申請人本人の尋問の結果によれば、申請人が被申請人から解雇されるに至つた経緯について次のような事実が認められる。

(1) 申請人は、被申請人に雇傭される清掃作業員の間で給料その他の労働条件が非常に悪いという不満が持たれ、その改善を要望しようとしても上達の途が閉されている実情にあるものと考え、常々その問題について同僚の清掃作業員らと話し合うなど、同僚の啓発に努めていた。

(2) 昭和三三年五月頃全電通本社支部が春季斗争に際し、被申請人の清掃作業員の労働条件の改善問題をとり上げ、共済労組とその点についての共同斗争に関する懇談会を開催したとき、申請人はその傍聴をしたところ、議長から意見を求められたので、就職して間もないこと故詳しいことは判らないが、清掃作業員の待遇改善や定年退職者の退職金に充てる資金は日本電信電話公社本社から出る紙屑の処分代金だけでも十分賄えるのではないかという趣旨のことを述べたことがあつた。

(3) 右懇談会から一ケ月位後に国民タイムズの記者が清掃作業員の待遇問題を取材するため被申請人の石塚清掃副主任と面談した際に、申請人もその席に呼ばれ、記者の質問に答えたことがあつた。すると翌日の右新聞紙上に、被申請人の清掃作業員は定年が来ると漸次賃金を下げられて結局は姥捨山に捨てられるように退職せざるを得なくなるような処遇をうけているという趣旨の記事が「電通版楢山節考」という標題の下に大々的に掲載された。

(4) その翌日申請人は、被申請人の今井四方吉課長から右記事は申請人がその材料を提供して掲載させたとの噂があるが、そのとおりかと詰問された。申請人は国民タイムズの記者には、日本電信電話公社の本社からは紙屑が一ケ月に約一、〇〇〇貫出るということを話しただけで、右の噂は全く事実無根であると主張し、これを立証するため、赤羽理事及び多保田、今井両課長の面前で、取材に来た記者と対決しようといつて、久保田茂清掃主任とともにその席に出席しようとしたところ、今井課長から、右記事に関して申請人に責任のないことが明らかになり、問題は氷解したとの説明があつたので、対決のための室内にも入らずそのまま立帰つた。

(5) ところがその直後に被申請人から申請人に対してさきにも判示したように申請人の過去における文筆活動に関する経歴につき履歴書の追加提出の要求がなされた。

(6) 同年六月頃申請人の身元保証人である今井課長から申請人に対し、申請人は既に試用期間が過ぎて本採用になつているはずだと思うが、赤羽理事に会つて確めてみるようにとの連絡があつたので、申請人は早速赤羽理事を訪ねたところ、同人の返事は申請人を本採用にする予定は最初からなく、申請人の経歴にふさわしい適当な勤先を見つけてあげるからそちらへ転職してはどうかという、申請人にとつては全く意外なものであつた。これに対し申請人は、申請人がかつて文筆活動をしていたのに被申請人に清掃従業員として雇傭してもらうことになつたのは眼を悪くしたので眼を酷使する仕事から離れるためであつて、清掃作業員の職務に満足しているのだから是非本採用にして欲しい、と要請したが容れられなかつた。その頃申請人は赤羽理事から、電柱広告業を営む会社に転出するよう勧められたが、歩合給が中心で収入の不安定なこともあつてこれを拒否すると、当分の間休んでいるように命ぜられたので出勤を休止しているうち、同年七月二一日付で被申請人から解雇の通告をうけるに至つたのである。

(四)  叙上のような次第で、被申請人の主張するような準職員規則第九条第五号に定める被申請人の準職員についての免職事由が申請人に存したことを認めるに足りる疏明はない上に、申請人本人の尋問の結果によると、申請人が被申請人からの転職勧告を断つていた最中に、申請人がその身元保証人の今井四方吉から同人が被申請人より申請人の身元保証人を辞退するよう迫られているが、どうしたものであろうかとの相談を電話でもちかけられたことのあつたことが認められることからすれば、被申請人は申請人の身元保証人に辞退届を提出させて、申請人に対する解雇の理由を作為したのではないかとさえ疑われるのであつて、結局被申請人が申請人を解雇した理由として主張するところはいずれも口実に過ぎず、その真の理由は他の点にあつたものと解せざるをえないのである。

そして、被申請人が申請人を解雇するに至つた経緯として、前記(三)の(1)乃至(6)のような事実が認められるほかに、証人赤羽幸作の証言中には、被申請人の雇傭する清掃作業員は日本電信電話公社の庁舎に出入する関係上機密の保持の責任が特に重視されているが、この点に関して申請人に不都合があつたかどうかその他申請人の職場の監督者から本人について色々の報告をうけてはいるが、申請人の不利益になることについては述べたくないといつて証言を回避した部分がある反面において、申請人は被申請人からの転出勧告を拒否し、被申請人の清掃作業員として引き続き勤めていたいということの理由として被申請人に雇傭されている二千数百人の清掃作業員の労働条件の改善問題を解決したいといつていたとの趣旨のものもあり、更に証人久保田茂の証言中に、同証人は申請人が被申請人に雇傭されるに当つて申請人と面接した際に、申請人は人物も立派で、清掃作業員の中に入るような人間ではなく使いこなせないのではないかとの第一印象をうけ、そのことを多保田課長にも進言したことがあり、申請人は他の清掃従業員なら紙屑として捨てられたものの中に週間雑誌があればこれを拾つて見るくらいなのに、中央公論や文芸雑誌を引張り出して目を通すという風に紙屑の選択にも頭を使つていたというところが見うけられ、清掃主任として機密の保持について特に考慮を払つていた同証人の注意に止つたことがあると述べながらも、申請人が機密を漏洩するような行為に出たことはないとの趣旨のものがあることを綜合すると、被申請人はその学歴及び職歴において被申請人の雇傭する他の清掃作業員と格段の差異のある申請人が被申請人の労務管理について批判的な言動をなし勝ちであること(労働者としての申請人のかかる言動自体責められるべきものでないことは当然である。)を快からず思い、又これが外部に洩らされることがありはしないかということをいわれなく危惧する余り、申請人を被申請人の企業から排除しようとして申請人を解雇するに至つたものであると推認することができるのである。証人赤羽幸作の証言中右認定に反する部分は採用しない。

(五)  以上判示したところを彼此考え合せるときは、被申請人の申請人に対する解雇は解雇権の濫用に当るものとして無効であると解するのが相当である。そうだとすれば申請人は依然として被申請人に対しその準職員としての雇傭契約上の権利を有するものといわなければならない。

第三、仮処分の必要性

申請人が被申請人から解雇の意思表示をうけてから以降被申請人によつて雇傭契約上の権利を争われている以上、賃金を唯一の生活手段とするほかない労働者である申請人は特別の事情のない限り、そのために著るしい損害を蒙りつつあるものと認めるべきであり、本案訴訟に勝訴するのを待つている暇のないことも明らかであるから、本件仮処分申請を認容するについての必要性があるものというべきである。

第四、結論

叙上の如く本件仮処分申請を上述の点において認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 大塚正夫 半谷恭一)

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